Home | ArchiveList | Category | About
» ArchiveList
Home > Page.235
<< <... 232 233 234 235 236 237 238 > >>
いろいろありましたが、過ぎてしまえば半年というのはあっというまでした。自分では色々がんばったつもりですが、まだまだ努力が足りないなぁとか思う今日この頃です。

卒業式の最後に、先生がおっしゃいました。

「みなさんは半年間、JAVAプログラミングの勉強をされてきたわけですが、皆さん全てがプログラマーといった職業を目指さないといけない、というわけでもないと思います。他の職業に就くことになったら、今までの半年間の勉強は無駄になるかというと、そんなことはないと思います。プログラミングの楽しさ・面白さを知っていただけて、今後の生活に大なり小なり関わっていってもらえたら、それでいいんじゃないかと思います。どの程度関わっていくかは皆さんの意思で自由に決めていくものですしね」

それを聞いて、確かにそうだと思いました。

思えば定年おじさんが卒業後にプログラマーになることはほぼないのだから、あそこまで自分も必死になって教え込もうとしなくてもよかったかなぁ、と。ガチンコスパルタ特訓じゃなくて、楽しんでほのぼのとやるようにしてた方がよかったんじゃないかなぁ、と。

あまり真面目に気負いすぎて考えすぎるのも考えすぎかな。今まで物事や人生を悲観的に考えすぎるきらいがあって、焦燥感に捕らわれすぎていたんじゃないかな。あんまり深刻に物事を考えても状況は変わらないことだし。そう思うと、自然と肩からほどよく力が抜けてきました。

もうこれからは職業訓練校に行くこともなく、別の道を歩んでいくことになると思いますが、これからは焦りすぎずに、じっくりと物事に取り組んでいこうかな、と思うのでした。

※第七話へ続く
最近忙しそうにしていたのは、全てがこの日のためでした。訓練校での五人チームでの、合同プログラム作成発表会。在庫管理システムという機能を実現するため、チームごとに分かれて仕様を考えてプログラムを作成し、プレゼンを行うのです。

思えば初日からキてました。残りの4人のメンバーの中に、60歳の定年おじさんがいる時点で詰んでます。その時の俺は脳内で鼻血を吹いたといいます。それだけじゃなくて、残りの人もなんかこう、ヤバそうなに・ほ・いが。

そしたら授業後に先生に呼び出されて「もし出来あがらなくても、それはチームを分けた私達の責任ですので」とまで言われました。これは何のハンデキャップなのでしょうか。チャーハンの余ったグリンピースだけ食べさせられてるような気分です。いや、トライアスロンで最後が水泳になって、しかも足に重しつけられてるような気分ですか。

そんなわけで、ウチのチームの仕様はかなりシンプルにしました。マジで終わらないかもしれないと思ったんで。ぶっちゃけた話、俺が一人で全部作った方が色々な意味で楽だとは思ったんですが、まあ合同授業だから皆で力を合わせて作った、って感じにしようと思って。だからおじさん用に一箇所簡単なところを用意しておきました。これなら大丈夫だろ、ってのを。

コーディング締め切り三日前。全然仕上がってません。ある程度予想はしていたのですが、ここまで何も書かれていないとは。こういう事態を想定してあらかじめ自分の作業はほぼ終わらせておいたので、残り三日はおじさんに個人授業です。

一行一行意味を考えてコーディングする癖をつけてもらわなければいけません。人のソースを意味もわからずコピーペーストする癖はやめてもらわなければいけません。自分自身で解法を考える方法を身につけてもらわなければいけません。だから答えをズバリ教えるわけにはいきません。

だから朝から晩まで、ずっと喋りっぱなしです。おかげさまで喉が痛くなって病院に行ったりするくらいに。それでも教えつづけましたよ。そうしながら、何度も思いましたよ。俺、先生じゃねえ、って。なんで俺が補習やってるんだ、って。

で、そんな俺の努力も実らず、おじさんは未だにこっそり人のソースを写してくる癖を直してくれません。本を見て調べようとしてくれといっても、じっと画面を眺めたまま眼球が動いてません。自分でプログラムを実行させて、どういう動きになるか理解しろといっても、実行の仕方をすぐに忘れてしまいます。というよりも実行をすること自体を忘れてます。

そういうこと全てが悪循環だ、ということをおじさんは分かってるんでしょうか。今まで一日一日、分からないことを分からないまま放置しつづけて、二ヶ月たってそれが積もり積もっているのは何故なのか。そこに考えが及ばないのでしょうか。

そしてコーディング締め切り一日前の深夜。夜は夜で別に専門学校に通ってる俺は、夜11時過ぎに帰ってきました。そして一息つこうと思った矢先……携帯電話が鳴りました。誰だろうと思ったら定年おじさんでした。先日、先生からいざというときの為に住所録を作る、ということで電話番号を書いたっけ。

呆れながら話を聞くと、分からないところがあるということなので、質問内容を聞いたら即答。マジ即答。そんな間違いでして。これにどのくらい悩んだのかと聞いたら、2時間半詰まっていた、ということでして。本は見たのかと聞いたら、「見てません」と即答しやがります。

他に質問はないのかと聞いたら、どうも沢山あるみたいで。内容的に全然終わりそうに思えません。定年おじさんは質問内容をざっと言い終わると、言うに事欠いて、とんでもないセリフを言いやがりました。

「私にはもう無理なので、嶽花さんに後は作ってもらえないでしょうか?」

とりあえずそのあと一時間説教。自分の倍の人生を歩んできた人に。


説教しつつも、割と本音トーク炸裂。別におじさんに全て作ってもらえるとは期待してなかった、期限内に終わらないだろうとは思っていた、終わらなかったら俺がなんとかするから自分の力でなるべく勉強する方法をこの機会に身につけて欲しい、だからまだ諦めるな、と。その日に解決できないことがあったら、紙にでも書いて翌日質問できるようにしておくとか、色々方法はあるんじゃないか、と。そういったことを言って、その晩はもう寝るように言って、俺も疲れきって眠りました。

そして翌朝登校すると、俺のキーボードの上に一枚の紙が。前日の疑問をついについに消化しようという第一歩を踏み出せたか、と思って中身を見ると……昨夜俺が即答した内容について述べられていました。質問の体を成してません。

何なのかと聞くと「これについて意味が分からないので教えてください」とのこと。あまりにも基本的な内容だったので、「これについて本を見て調べましたか?」と聞いたらニコニコしながら「見てません」と即答しやがりました。「じゃあ本を見て、どこに載っているか調べてください。それを読んでください。それでも分からなかったら教えますから」

そして夕方、突然おじさんが居なくなりました。30分たっても教室に帰ってきません。全ての階のトイレにも見当たらないし、職員室にも居ない。皆の顔が暗く深刻な色合いに染まってます。誰も口には出していませんが、顔だけで語っています。「ツラくなって逃げ出した?」「いや、急に体調が悪くなってどこかで倒れている?」「いや、もう救急車でどこかに……?」

するとおじさんはニコニコしながら戻ってきました。手にメモ帳を抱えて。「データを作ろうと思ったんですが、いい名前を思いつかなかったんで外に出て色々探してきました」と嬉しそうに言うおじさんのメモには、すべて15文字超の名前が記されていました。ちなみに今回の仕様では名前は15文字以内、と初日に伝えていました。つまり、無断外出して皆を心配させた挙句、使い物にならん名前をメモしてきやがったということです。

とりあえずそのあと30分説教(学校が閉まるので30分しか説教できなかった)。

そして発表2日前。おじさんが突然発言をしたので皆驚きました。発言の内容でも驚かされました。「今作っているプログラムは人間味が無くて味気ないので、とっつきやすいようにアイコンを作り、名前を考えました。その名は……」

みはる君

「在庫を管理し、みはる、という観点から命名しました!」

はりきって言うおじさんに、俺は叫んだ。心の中で。

「まずは自分のプログラムのバグを見張れ!!」

そして発表前夜。最後に皆のプログラムを使っての結合テストです。皆が単体テストは十分したと言うので、安心してテストを開始し……朝日が見える頃まで俺はデバッグをし続けました。俺に落ち度があるとすれば、他人の言葉を鵜呑みにして全て動くと思っていたところでしょうか。それまでソース内部を全くチェックしてなかったところでしょうか。ちなみに最終EXEファイルは発表三分前(誇張無し)に出来あがったと人は言います。

「私達は、ゲームの在庫を管理するプログラムを開発いたしました」

そう言いながら、実際にプログラムを実演しながら皆の前で発表します。

「このボタンを押しますと、次の商品データを画面に表示し……」

そう言いながら、実際にボタンを押して次の商品データを表示します。しました。大画面に次の商品の名前が表示されました。

Piaキャロットへようこそ!!(15文字)

思わず吹き出した俺は、データ作成者の定年おじさんを睨みつけました。しかしキョトンと不思議そうな顔をしてます。そして皆も不思議そうに俺を見ています。なんで吹き出すの?って顔で。それがある意味救いだったのかもしれない。かもしれないが、その後をどう切り抜けたのかは覚えてません。

発表も無事終わり片づけをしていると、定年おじさんが来て言いました。

「今までありがとうございました。嶽花さんには大変お世話になりました」

何とも返答のしようのない心境だったので「はあ」とか気の無い返事をしたら、おじさんが締めの言葉を言いました。

「これからもよろしくお願いします」

ブンブン顔を左右に振りました。精一杯。心の中で。「はぁ」って気の無い返事をしながら。

※第六話へ続く
職業訓練校に行ったら、となりの定年おじさんが席から立ち上がって「今日もよろしくお願いします、嶽花さん!」と挨拶をされて、朝っぱらから困りはててみました。

困るのはこれで終わらず、席に着いたら「嶽花さん、これ、つまらないものなんですが……」と定年おじさんが俺になにか箱を渡してきます。

「そんな、いただけませんよ」

本気で受け取りたくないんで本気でそう言ってるんですが、押し問答の末に根負けして、結局受け取って帰ってきました。中身はボールペンでした。ペンの中央には堂々と九州銀行という文字が。

※第五話へ続く
俺はJAVAの職業訓練校に通っている筈なのですが。今までも色々と驚かされることが多かったのですが。

とある女性、未だにダブルクリックを分かっていませんでした(どうも全て右クリックで事を済ませていたらしい)。

ちなみに右ボタン→左ボタンを素早く押すことだと思っていたそうで。

五つボタンのあるインテリジェントマウスならどうしてたんでしょうか。ペンタクリック?

※第四話へ続く
職業訓練校二日目は自己紹介がありました。今までの職歴とか年齢とかを割と細かに皆が言うので分かったのですが、俺はこの集団の中では最年長どころか若造でした。

圧巻は定年退職して手に職をつけたいという60歳。やっぱ年功序列で選考したんじゃなかろうか。これでも大丈夫なのかJAVAプログラミング科。選抜から漏れた若い衆はどう思ってるんだろ。

で、俺の自己紹介の番に。なんか退職理由も話すことになったんで、「会社のバスに火炎ビン投げ込まれたりしたんでやめました(実話)」と素直に言ったら、みんなひいたひいた。

嶽花三十歳、早くも孤独な予感。年齢的にも別の意味でも。

※第三話へ続く
無職になって失業保険が入るようになりましたので、ちょっと職業訓練校に行くことにしました。選抜試験も合格し、晴れて入学式に出席です。出席なのですが……入学式には、なんつーか、色々な人がいました(かなり柔らかな表現)。俺が最長老かと勝手に思ってたんですが、合格者の中には俺の父親くらいの年齢の方もちらほらと。

「皆さんは大変な倍率の中から、訓練受講権を得られた優秀な方々ばかりです。他にも受けられない方がたくさんいたわけですから、是非最後まで訓練を受けて技術をものにしてください。また、欠席についてですが、たまに無断欠席や、午前休んで午後から来ますと連絡して午後も休む方とかおられますが、そういう行為がないように、しっかり受講してください」

という挨拶からして、しょっぱなから釘をさされてます。しょっぱなから欠席届の理由なんて言おうか、新婚旅行とか言いにくいなぁ、と考えてる俺の心でも見ぬかれたんでしょうか。

そして訓練中の怪我の時の保険金支払いについて質問があがりました。なんか怪しげな風貌のおっさんです。志村ケンの変なおっさんみたいな髪形してて、笑顔がだらしない感じです。スーツが全然似合ってない感じです。

でも俺が受けるJAVAプログラミング科じゃなくて、もっと難しいJAVAマスター科(昔で言うところの情報一種取得を目指すコース)の合格者ですから、それなりの質問するんだろうなぁと思って眺めてました。

「テレビ画面が爆発して怪我をしたりしたとき、金もらえるの?」

モニターじゃなくてテレビって言ってるのもアレですが、モニター爆発したことでもあんのかとでも言わんばかりの発言もアレですが、何よりも驚愕したのが前方にいた人間がそうだそうだといわんばかりに頷いた瞬間です。

合格の基準が分からなくなってきました嶽花三十歳。

年功序列制?

※第ニ話へ続く
というわけで衝撃発表は終わりです。

いかがだったでしょうか。感動のあまり、涙でディスプレイが見えなくなってる方もおられるのではないでしょうか。とりあえず俺は 泣きそうです。もちろん涙は赤色です。

え、今の気持ちですか?

そろそろサイトを閉鎖しても許されますよね? もう全てを告白し終えて(しかも全世界に)、とても清々しい気分です。ハードディスクも清々しくさせてしまいたい衝動にかられて困ってしまうくらいです。

その昔サイトを立ち上げた当初、ザンギとか片桐彩子とかをアップした時は「自分を削ってる」「人間鉛筆削り」「元祖自虐系サイト」「ちっとも羨ましくない呪け系サイト」とか色々言われてきました。

当時は「そこまでないだろ? そんなに恥ずかしいことじゃないじゃん? みんな大げさだよなぁ」とか相当視力とか脳とかが弱そうな思いを抱いていましたが、今ならこれらの称号を受ける資格があるんじゃないかと自負してます。自負すんな。

ま、傷は男の勲章って言いますしね。つまり俺の人生は傷だらけですか。なんの罰ゲームですかこれは。そう言えば「罰ゲームみたいな人生」って言われたことを思い出しましたが、もはや何も言い返しません。返せません。

最初は26とストレートに書かずに、2ピー歳とか書こうと思いました。もしくはクロスワード解いたら26になるとか、数式を解いたら答えが26になるとか(問題作り間違えたらえらいことになりそうなんでやめました)。昔アップしてた時のファイル名が 26.htm になってたのは偶然です。偶然に決まってます。

この話をアップした後日、知人に見た目は24歳くらいと言われて本気で喜んでて(←これで喜んでる自体、既にアレです)、何かのおりに「俺、24歳だから」って言ったら

「じゃあまだ童貞じゃないっすか!」

と即答されました。

母さん、今僕がいる場所が人生の底辺なんだね。
そして長い長い夜が終わり、はれて自宅へ帰りつきました。さっそく寝室ではなく居間に行くと、案の定、わが妻まみりんはコタツでだらしなく寝てました。

「ただいま、まみちゃん」

頭を撫でてじっと待ちますが、妻はぴくりとも動きません。何度か撫でて反応をみてみますが、いつもみたいに無意識に抱きついてきてくれません。だらしなく口を開けたまま、よだれまでたらしてます。

「……今日は疲れてて、熟睡してるんだね」

苦笑しながら、そのまま俺もコタツに入って横になりました。なんだか色々な意味で力が抜けたんで、ほどなくまどろみました。そしてしばらくして、頭に何か感触があって目が覚めました。妻が俺の頭を黙って撫でてます。俺も起きあがって、妻の頭を撫で返しました。

「おはよう、まみちゃん」

「おかえり、ダーリン。今日は遅かったんだねぇ。歓迎会とかあったの?」

「歓迎会、か。うん、そんな感じ」

「ふーん。まさか浮気とかじゃないでしょうね?」

妻がふざけて言ってるのは分かるんですが、心臓が凍りました。

「いや、浮気とかじゃないんだけど……」

「じゃないんだけど?!」

「うん、何にもなかったよ」

「何にもなかったよ?!」

「いや、その」

「ダーリン?!」

「はい」

「いいからそこに正座しなさい」

「はい」

「正直に話しなさい」

「はい」

そしてその夜起こったことを全て白状させられ話しました。

「……じゃあ、ダーリンは何もしなかったんだね」

「うん」

「キスも何もしてないの?」

「そうなんだよね。ああ、もったいないことしたかなぁ」

「ぁあ?! もったいない?!」

「いえ、冗談です。すみませんです、ハイ」

「でもひょっとしたら、手くらい握ったんじゃないのぉ?」

「いや、手も握ってないなぁ。ほんとに何もしなかったよ。据え膳食わぬは男の恥、って言うけど、恥かいたことになるかなぁ」

「ま、ダーリンだし(否定しない)」

「ま、しょせん俺だし(最近の口癖)」

「そうよねえ」

「そうだよねえ」

「……でもね、私、思うの。ダーリンがもし、そこで手を握る程度だけでも甲斐性あったんなら……



※第五話へ続く
そしてその直後、タクシーは停車しました。ホテル街の前で。目の前には不夜城とでも形容したくなるような、独特の夜の街の明かりが広がっています。

「ここでおろしてください」

Kちゃんは扉が開くとすぐにタクシーから降り、吐き始めました。なるほど、だからか。だから停車したんだ。そう分かると、ちょっとほっとしたような、そうでないような。

そしてふと思いました。お酒は強いと言って飲んでた筈なのに、と。すると脳裏にさきほどのか細い声が聞こえてきました。お願い、謝らないで。

精神的にまいったんだろうか。まさかこんなおじさんに断られるとは思いもしなかっただろうしなぁ。なんだかすまない気持ちになってきて、Kちゃんの背中をさすってあげようかとしたんですが、すでにもう吐き終えたようです。手持ちのティッシュを差し出すと、少しだけはにかんでKちゃんは口をぬぐいました。そしてそのまま歩き始めます。

「嶽花さん、もうちょっとだけ、私につきあってもらえません?」

「いいよ」

「でも、奥さんの方が大事なんでしょ?」

「うん、奥さんが大事」

「ちょっとくらい嘘ついてくれてもいいのに」

「30分間だけ?」

「そう、30分だけでいいから。だから、嘘、ついて」

「俺、今まで嘘ついたことがないんだ。だから無理」

「嘘つき」

「よく、そう言われる」

「奥さんにも?」

「……そう言えば、奥さんには言われたこと、まだないかな」

「そうなんだ」

「うん」

そして会話はとまり、二人とも無言のまま、とあるビルの前に来ました。

「お願いってのはね……ここのビルに私が今まで勤めてたお店があるの。そこのドアの前にこの荷物を置いてきてほしいの……」

「うん、いいよ」

俺はその荷物を受け取ると、件のお店の前に置いてきました。

「誰もいなかった?」

「誰もいなかったよ」

「そうですか。じゃあ……帰りましょうか」

「そうだね、帰ろうか」

そしてタクシーに乗り、帰路へ。

「嶽花さんは、次の就職先は決まってないんでしょ?」

「そうだね、まだ何も決まってないね。色々考えはあるから、あせらない程度に落ちついて決めてこうと思ってるさ。まあ、どうにかなるよ。人間、学ぼうとする意思さえあれば、いつまでも頑張っていけると思うし」

「可愛い奥さんもいるしね」

「ははっ、そうだね。そうだ、帰ったら奥さんの頭を撫でる、ってのだけは決めてるかな」

「そんなに好きなんだ。どうしてそんなに好きなの?」

「さあ。なんでだろ。でも好きなんだからしょうがないよ」

「そっか、そうなんだ……」

そして再びKちゃんのマンションまで戻ってきました。

「じゃあね、Kちゃん。体に気をつけて頑張ってね」

「嶽花さんもね」

「じゃ、ね」

「……嶽花さん?」

「なに?」

「また今度、別の日に浮気しようね!」

声は明るくふるまってるんだけど、少しはにかんで笑ってた。その表情を直視するのがつらくなった。何も言い返せなかった。

「じゃあね」

バイバイと手を振り、タクシーを出発させる。ふとバックミラーを見ると、まだKちゃんはこっちを見てた。ためしにバイバイと手を振ると、バイバイとKちゃんが手を振った。

それ以来、Kちゃんとは会っていないし、電話もかかってきていない。彼女のお店の件が気にはなるが、知らせが無いのはいい知らせなのだろう。そう思うことにする。

※第四話へ続く
そしてその質問の直後、タクシーはKちゃんのマンションの前に停車しました。

「嶽花さん、4分だけ待っててくださいね。すぐ戻ってくるから」

そう言ってKちゃんはそそくさとマンションへ入っていきました。この沈黙に耐え切れなくなったのか、俺はやたら饒舌でした。タクシーの運転手さんに対しては。

「運転手さん、やっぱこんな状況のお客さん、沢山乗せたんでしょ?」

「いやぁ、初めてですねぇ。私までドキドキしてきましたよ」

「いえね、僕、今日、会社をやめてきたんですよ。はっきり言って、妻の為に会社やめてきたようなもんなんですよ。でもね、妻の為に会社やめたその日に、会社の女の子とこんなことになっちゃって……もう、どうしていいやら」

「それはそれは。困りましたねえ」

「そうでしょ、困るでしょ? そりゃ、ヤりたいですよ下半身的には! あの子、はっきし言ってカワイイし、なんで僕なんかに?とか思うくらいだし!」

「ははは、羨ましいですなぁ。私も一回くらいこういう状況に陥ってみたいですよ」

ちょうどその時、電話がかかってきました。Kちゃんです。

「嶽花さん、ちゃんと待っててくれてます?」

「うん、タクシーに乗ったままだよ」

「……良かった……じゃあ、今すぐ行くから待っててくださいね」

「4分を1秒でも経過したら、すぐにタクシー出して帰るからね」

「そんなこと言っても、嶽花さんはちゃんと待っててくれるもん」

言い返せずに無言でいたら、「じゃすぐあとでね」と電話は切れました。携帯片手に途方にくれてる俺。そしてやけに無言な運転手さん。長い長い数分間がすぎ、Kちゃんが戻ってきました。

今までもお店に行く為に着飾っていたと思うんですが、戻ってきたKちゃんは今までが見劣りするくらいに可愛らしい服装になっていました。こういうのを勝負服って言うんでしょうか。なんか見るからに気合入ってます。

「おまたせ、嶽花さん。じゃあ運転手さん、また天神までお願いします」

そしてタクシーは出発し、俺らは無言のままでした。そうしていると、Kちゃんが再び尋ねてきました。

「嶽花さん、さっきの答えをまだ聞いてないんだけど……」

「答え、って……?」

「じゃあ、もう一回言いますよ……私と奥さん、どっちが大事?」

少しだけ間をおき、観念して答えました。

「奥さん、かな」

車内は暗くなっててお互いの表情は見えないのですが、それでもKちゃんが動揺しているのは分かりました。

「ねえ、もう一回だけ質問させて。私と奥さん、どっちが大事?」

「やっぱり、奥さんだね」

「どうしても?」

「どうしても」

「ねえ、これからずっと、ってわけじゃないの。今から30分の間だけでいいの。私と奥さん、どっちが大事?」

「でも、奥さんなんだよね、これが」

俺が即答すると、Kちゃんはうつむきながら、つぶやくように言いました。

「私のことは、大事じゃないんだ」

「大事じゃないわけじゃないさ。でも、奥さんの方が大事なんだ。こういう性分なんで、仕方ないよ」

「どうしても、ダメなの……?」

「……ごめんね」

「謝らないで、お願いだから……」

思わずまたごめんと言おうとして、そのまま口をつぐんでしまい、そのまま沈黙が訪れました。そして思いきって、話を再開しました。

「あ〜、帰ったら奥さんの頭を撫でたいなぁ」

「そんなに奥さんのことが好きなの?」

「うん、大好き。かわいいよ。深夜に帰るといつもコタツでうたた寝してるんだけどね、俺が帰ってきて頭を撫でたげると、寝ぼけながらもダーリィンって言いながらギュッってだきついてくるんだ」

「お願いだから……お願いだから、今だけはそんな話しないで……」

「……ごめん」

「謝らないで、お願いだから……」

そして、再び、沈黙。

長い長い沈黙は彼女によって破られました。

「ごめんなさい、運転手さん、ちょっとここで止めてもらえませんか?」

そこはちょうど、ホテル街でした。

※第三話へ続く
<< <... 232 233 234 235 236 237 238 > >>
Home | PageTop | RSS2.0 | ATOM